和菓子のお教室をはじめさせて頂いて早や13年になります。
たくさんの美味しいお菓子、珍しいお菓子に出会いました。
そんなお菓子の思い出やエピソードを、少し… お話したいと思います。

 

◆ 2009年 5月  落とし文 

以前、製菓材料店で和菓子教室の講師を引き受けていた時期があります。 お菓子のメニューはこちらが決めて会社に提出し、必要な材料を挙げてコストの計算をして許可を頂くシステムでした。 お引き受けして間無しの5月のお菓子に《落とし文》をあげ、お許しも出て写真も提出し会社 が作る広告のチラシにも掲載して頂きました。 ところが、その回はお人数が集まらずお稽古が中止になった苦い思い出があります。。。受付をして下さっていたお嬢さんから「《落とし文》って何ですか?」とか「何て読むのですか?」「どんなお菓子ですか?」と、お尋ねのお電話がかなりの数あったと聞かされました。 ショックでした。 いかに自分がお茶に偏ったお菓子を勉強し、又それを普通と考えていた事を思い知らされた… まさに衝撃的な事件でした。(笑) 

私の頭の中で皐月のお菓子と言えば《柏餅》《唐衣》《岩根つつじ》《落とし文》《青楓》などなど…です。 その時の《落とし文》は練りきり製にしましたから、きっと前回の《柏餅》より人気だろう! と考えていました。 それはあくまで茶人の常識に過ぎなかった訳です。 休講になり会社側にも平謝り!です。(苦笑)

《落とし文》というお菓子は、くるっと巻いた落ち葉の雅称です。 筒状になった葉っぱを文に見立てた物で、一般的には虫が葉っぱに生み付けた卵を鳥などの外敵から守る為に巻いて 中に巣を作り地面に落としたもののことで、その虫の名を“オトシブミ”と言うのだそうです。 そもそも《落とし文》とは、気持ちを伝えたい人の近くの路上に恋文を落として拾わせた《置き手紙》のことですよね。 葉を丸めて落とす虫に、先人は洒落た名前を付けてあげたものだなぁ〜とつくづく感心させられます。

また《鴬の落とし文》とか《時鳥の落とし文》と呼ばれるように小鳥の仕業のように言うのには、素敵な物語も隠されています。 〜その昔、崇徳天皇が四国に流された折 、初夏にホトトギスが鳴く声を聞いては都が思い出されると 『啼けばきく聞けば都ぞ慕わるる この里過ぎよ山杜鵑(やまほととぎす)』と詠まれたそうです。 これを聞いたホトトギスは鳴くのを止め、次の夏からは鳴かない代わりに葉の文を落とすようになった〜 というものです。 

このお菓子は葉脈や葉っぱの形を見せるため『こなし』や『練りきり』で作ることが主ですね。  巻いた葉のお菓子は秋にも登場します。 秋は葉が地面に落ちてから風に吹かれて巻くので葉先が外に、初夏は木の上で巻いてから落ちるので葉先は中に入り軸が外に出ているそうで、お菓子もそのように作ることが常識です。 昔の人の観察力の鋭さにも驚かされます。(笑)