和菓子のお教室をはじめさせて頂いて早や12年になります。
たくさんの美味しいお菓子、珍しいお菓子に出会いました。
そんなお菓子の思い出やエピソードを、少し… お話したいと思います。

 

◆ 2008年 3月  引千切 

弥生の声を聞くと陽差しもにわかに春めいてきます。 3月3日は上巳の節句。 つまり、雛祭りですね。 女の子のおられるお宅では雛飾りをし、華やかな成長を願って家族が集い、お祝いをされることでしょう。 3月の最初の巳の日に水辺に出て禊を行うという中国の古い風習が日本に伝わり、人形(ひとがた)を水に流して穢れを祓う行事となり、雛祭りに発展したと聞いています。 現代にみる「用瀬の流し雛」は、まさに、その名残なのでしょうね。

お雛様のお菓子といえば今や「引千切」ですが、私が初めて目にしたのは、(早、四半世紀以上前になりますが)やはり裏千家学園でだったと思います。 当時の先生方は「ひっちぎり」とツマッて発音されることが多かったのですが、最近は「ひちぎり」と素直に読むようです。 

人が何かを抱えているような姿に見え、白と桃色のそぼろがまるで男雛と女雛を表現しているようなフォルムです。 写真のように蓬をたっぷり混ぜ込んだ「こなし」生地(緑)に、紅白の餡玉やきんとん(そぼろ)をのせたものが多いようですが、お店によっては配色を変えたり、土台の形も様々に工夫されています。

「引千切」は宮中の祝儀に用いられた「戴餅」に由来する形だと言われています。 「戴餅」とは引き千切った扁平な白い餅の中央に窪みをつけ、そこに餡をのせただけの単純なもので、元来、子供の生育を祝うためのお餅だそうです。 京都では女の子が誕生した際に、この「戴餅」を婿方のお家へ配ることが風習となり、後に「引千切」に姿を変えたのだと聞いています。

また紅、白、緑のいかにも春を感じるこの配色は「菱餅」や「花見団子」にも見られます。 実はこれにも意味があり紅は「天」、白は「人」、緑は「地」を表しているのだそうです。 天地人… つまり宇宙です。 草木が芽吹き、万物が活気に満ちてくる“春の訪れ”をたとえた色だったのですね。

上巳の節句のお供えのお菓子は、元来「草もち」だと言われてています。 女子誕生のお祝いに母娘の健康を祈る為、邪気を払い疫病を除くとされる薬草を混ぜた餅を作ったのだそうです。 確かに蓬は端午の節句の際にも厄除けとして菖蒲の葉とともに使われますね。 萌え出でたばかりの柔らかい蓬を摘んで、お供えの「草もち」を作ったのでしょう。

「引千切」は、宮中行事の「戴餅」と庶民の行事菓子「草もち」を上手く取り入れて完成した、京都特有のお菓子なのだと思います。